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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和42年(わ)75号 決定 1967年7月11日

被告人 R・D(西歴一九四九・六・一九生)

主文

被告人R・Dに対する本件を長崎家庭裁判所佐世保支部に移送する。

理由

(認定事実)

被告人は、AおよびBと共に昭和四二年四月○日午後七時ごろから佐世保市内のバーやキャバレーを飲み歩いて遊興し同日午後一一時ごろ佐世保市○○町通りを歩いていたのであるが、Aにおいて飲み代が乏しくなつたので、被告人およびBに「金が欲しいから通行人から奪いとろう」と話しかけていた折から同所を通行中の○本○三(当三四年)が一人で附近の路地に入るのを認めるやAは右○本から所持金を強奪しようと決意し、同人を追つて走り同市△△町○番○○号○部○郎方前路上で同人に追いつき、いきなり同人の肩を掴んで引き廻し手拳で一回顔面を殴打したうえ、首の附近を締めて石垣に押えつけたところ、そこへB、被告人の順にかけつけ、BにおいてAと共謀して更に手拳で右○本の顔面を数回殴打し同人の反抗を抑圧したうえ、Aが右暴行を傍観していた被告人に対し「財布をとれ」と命じ、ここにおいて被告人もまたA、Bと共謀のうえ、○本のズボンの後ポケットから同人所有の現金四三、〇〇〇円ぐらい在中の皮製財布一個を奪い取つてこれを強奪し、その際A等の前記暴行により同人に対し加療三日間を要する顔面打撲挫傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(編略)

(適条)

被告人の判示所為は刑法二四〇条、六〇条に該当する。

(処遇の理由)

一  被告人の処遇につき、前記各証拠ならびに公判廷にあらわれた一切の事情を考慮して検討する。

二  被告人は西歴一九四九年(昭和二四年)米国ルイジアナ州ウイークアイランド市で生まれ、西歴一九六六年(昭和四一年)五月本籍地の○○○○○○○○高校を卒業し、その年の七月米海軍に入隊し本年二月米海軍佐世保基地に来て爾来同地で軍務に従事していたのであるが、昭和四二年四月○日同僚二名と酒を飲み歩いた末、本件犯行に及んだものである。

三  本件の罪質は極めて重大であり、当時佐世保基地駐留の米国軍人三名が組んで犯した辻強盗事件として報道され、佐世保市民に大きな不安と動揺を与えたのであるが、被告人個人についてみるに被告人は本件犯行において常に積極的追従的態度をとり被害者に対して一回も暴行を加えておらず、他の二名の共犯者が暴行を加えているのを傍観していたところ主犯のAに「財布をとれ」と命じられて犯行に加担するに至つたものである。

右被告人の犯行の態様と被告人に現在まで非行歴も軍規違反もない点を併せ考えると本件は被告人にとつて偶発的、機会的な犯行といえる。

又犯行後一時は逃走しようとしたが被害者に「警察が来るまで待て」といわれて素直に逮捕に応じ、当公判廷においても改悛の情が充分窺えるのであつて非行性が固定化しているとはとうてい考えられない。

四  被告人は犯行時一七歳、現在一八歳になつたばかりで可塑性、将来性に富み被影響性の強い少年であつて仮りに被告人を刑事処分(本件では情状酌量しても短期三年六月以上の懲役)に付するならば、未だ社会的に未熟で発育期にある被告人に対してはかり知れない悪影響を及ぼす危険が充分考えられる。

ちなみに米国においても、ほとんどの州が少年の年齢規準の上限を一八歳に置いており、又同国の少年裁判所法統一運動において重要な役割を演じている全米プロベーション協会が各州少年裁判所法の模範たるべきものとして作成した標準少年裁判所法(一九五九年版)によれば、一八歳未満の者を少年とし一八歳に達する以前に法令に違反した未成年者(二一歳未満の者)にも同法の少年に関する規定が適用されるとし(同法八条)、同法によれば被告人は右の少年に関する規定が適用されるべき未成年者に該当し保護処分が優先し、刑事処分は原則として排除されるのである(同法一三条)。

五  以上被告人の生活歴、非行性の程度、年齢その他諸般の事情を綜合勘案すれば、本件は家庭裁判所に移送して被告人を保護処分に付するのが、一般の正義感情にも合致しかつ被告人の福祉のため必要かつ効果的と考えられる。

なお被告人は外国人であるので我国の保護機関の現状では、被告人に対する保護処分の実施はかなり制約せられ特に少年院送致による矯正教育の実施は望めない実情にある。しかしながら本件被告人についてはその非行性の程度等から在宅による保護処分によつて被告人の矯正の目的を達し得ると考えられるしその実施は不可能でないと思われる。

よつて少年法五五条を適用して本件を長崎家庭裁判所佐世保支部に移送することとし主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 野田普一郎 裁判官 楠本安雄 裁判官 赤塚健)

参考

受移送家裁決定(長崎家裁佐世保支部 昭四二(少)六三七号 昭四二・九・一九決定報告四号)

主文

この事件につき、少年を保護処分に付さない。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、いずれもアメリカ合衆国海軍軍人であるA(当一九歳)、B(当一九歳)と共に昭和四二年四月○日午後七時頃から佐世保市内のバーやキャバレーを飲み歩き、同日午後一一時頃同市○○町通りを歩いていたところ、Aにおいて飲み代が乏しくなつたので、Bおよび少年に対し「金が欲しいから通行人から奪い取ろう。」と話しかけ、折から附近の路地へ入つていこうとしていた○本○三(当三四歳)を認めて同人から所持金を強取しようと決意し、同人を走つて追いかけ、同市△△町○番○○号○部○郎方前路上において、いきなり同人の肩を掴んで引き廻し手拳で一回顔面を殴打したうえ首附近を締めて石垣に押えつけたところ、Bおよび少年も右場所へかけつけBにおいてAと共謀して手拳で○本の顔面を殴打し、同人の反抗を抑圧し、Aにおいて右暴行を傍観していた少年に対し「財布を取れ。」と命じたところ、少年はこれに応じることを決意し、A、Bと共謀のうえ、右○本の着用していたズボンの後ポケットから同人所有の現金約四三、〇〇〇円在中の皮製財布一個を強取し、その際右暴行によつて同人に対し加療三日間を要する顔面打撲挫傷の傷害を負わせたものである。

(適条)

刑法二四〇条、六〇条

(不処分理由)

一、少年はアメリカ合衆国ルイジアナ州ウイークアイランド市で生れ、西歴一九六六年五月○○○○○○○○高校を卒業、同年七月海軍に入隊し、本年二月佐世保基地に来て軍務に従事することとなり、佐世保市内で遊んでいるうち本件犯行におよんだものであるが、本件は当地方においては米水兵の路上強盗事件として報道され、市民に大きな不安を与えたものであつて、少年もその責任を負わなければならない立場にある。しかしながら、少年は右犯行に際しては従属的立場に終始し暴行行為には加担していないうえ、犯行後共犯者二名は逃走したのに、被害者に呼びとめられるや一度は逃げようとしたもののおとなしく警察官が到着するまでその場にとどまつていたものであり、刑事裁判の審理においても自己の犯行を認め、被害者に対する被害弁償も強取金額の返還のほか、慰藉料として一〇万円の支払がなされ、被害者も宥恕していることが認められる。

二、次に、少年には非行前歴、軍規違反前歴もなく性格上にも特に問題点は認められないので、本件非行は共犯者に誘いこまれた偶発的なものと認めるのが相当である。

三、少年は本件犯行後、米軍当局より軍艦乗務から陸上勤務を命ぜられ、外出禁止、基地内における行動制限などをともなう制裁処分を受け、これらを素直に遵守しているし、米軍当局の係官も今後の少年の監督については充分責任をもつてこれにあたる旨約束している。

四、以上の事情を総合して考えると、本件について少年を保護処分に付する必要は認め難いので少年法二三条二項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 梶本俊明)

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